高齢の親が中高年の子どもの生活を支えるというもので、親が高齢になるとともに生活破綻リスクが増えることが危険視されている。
この問題は1980年代に始まる「ひきこもり」が原因とされるが、一方でそれとは別の原因から「8050問題」と向き合わざるを得なくなった女性もいる。
関東在住の斎藤育子さんは、30代で精神障害を発症したお兄さんと、高齢化した母親との間で問題が顕在化した。
「動けない、死にたいと嘆く彼を両親が世話していたのですが、数年後、今度は躁転したことで病名が双極性障害に変わりました」 「躁転」とはうつ状態が躁状態に変わることで、「双極性障害」は躁状態とうつ状態を繰り返す脳の病気である。
斎藤さんのお兄さんは激しい躁とうつ状態を繰り返す双極I型で、躁状態になると妄想を抱いたり、多弁になったり、周囲の人に暴言を吐いたりするという。「どうやら毎回何らかのストレスが原因で躁転するようですが、退院さえすれば落ち着くので、両親は兄のしたことを特に反省させることもありませんでした」
躁状態のお兄さんは現実と妄想の境がなくなり、時には予想もつかない行動に出る。
「もちろん誰も本気にしなかったそうですが……」ある時は、障害者採用枠で働いた会社に寮がないことに気づき寮を建てようと奔走したり、知り合った女性が飲み屋で監禁されているという妄想を抱き、夜中に助け出そうとガラスを割って侵入したこともあるという。
お兄さんが何か事件を起こすたび、斎藤さんが後始末をしてきた。一方で、母親は病気のお兄さんを不憫に思ってか、事件を起こして入院したあとも、退院すれば実家に迎え入れ、食事や洗濯、掃除などあらゆることで彼を支えてきた。 だから自分が口出しすることはないと思っていたのですが、一方で兄が甘やかされて成長していない、反省していないという問題は感じていた。
それから月日が経ち、2017年にお兄さんは躁状態に。そこで斎藤さんに大きな不安がのしかかる。
当時、世間では家の権利書や銀行口座の名義を変更させ、大金を奪うという結婚詐欺が横行していた。退院後の彼は実家に戻り、病院側が作成した計画に則って一人暮らしをする予定だった。
斎藤さんが迎えに行く準備をしていると、母親も「一緒に行くわ」という。 金庫には母親の証券や通帳などが保管されており、遺言書作成のために斎藤さんが預かっていた。 母親の突然の言動に戸惑いつつも申し出を受け入れた斎藤さんだったが、母親は銀行や証券会社などに出向き、斎藤さんが整理した財産や証券が兄に移譲されるよう契約内容の更新を繰り返していた。
お兄さんから「遺産相続のことで話し合いたい」と言われた斎藤さんは、誤解を解くチャンスだと思い、実家へ向かう。 兄がいきなり『僕が財産を調べ直して、お母さんの貴重品を管理する』と言い出したのです」 斎藤さんはお兄さんの入院中に公正証書を無断で作ったという負い目があったのと、彼が冷静な様子に見えたため、うっかり提案を承諾してしまった。
その後もお兄さんは認知症のため状況把握できない母親と一緒に金融機関をまわり、母親名義の定期預金や口座からお金を引き出し、自分の名義に変更していた。お兄さんは認知症のため状況把握できない母親と一緒に金融機関をまわり、母親名義の定期預金や口座からお金を引き出し、自分の名義に変更していた。その総額は3800万円近くに及んだという。
またもやお兄さんが警察に通報されてしまう。ある日、母親の定期預金を引き出そうとして限度額超過から行員に拒否され、騒ぎを起こしたことが原因だった。
そのまま精神科に医療保護入院。母親の様子を見て、ようやく認知症の進行に気づいた斎藤さんは、地域の高齢者サポートセンターの担当者に相談することにした。
「お母さんの顔が能面のように表情がなくなっていますよね。今回のことを、障害を持つ息子さんによる高齢者への精神的・経済的虐待事案だと私たちは捉えています」
担当者の言葉を聞いて、斎藤さんは慄然としたという。これまで長女である自分を母親は疎んでおり、長男がかわいいから全財産をあげようとしていると思っていたからだ。まさか、彼女の認知症が急激に進行して判断能力を失った結果、お兄さんに財産を奪われ、苦境に追い詰められていたとは思いもしなかったという。
「母は要介護2と認定され、これ以上、2人を一緒にいさせるわけにはいかないと、すぐ老人ホームを探しました。兄の事件と入院により、母の認知症の深刻さに初めて気づくことができたのです。それ以前の私は感情的になり、もう2人にはなるべく関わらないと決めていました。2人で好きなように生きればいいと。でも、今は母を見守ろうという気持ちに変わりました」