eスポーツといえば若い世代が楽しむもの、というイメージがまだまだ強いが、さいたま市には、シニア層に特化してeスポーツの普及に取り組む「さいたま市民シルバーeスポーツ協会」がある。
2018年から活動を行っている同協会だが、事務総長・水野臣次さんの体験がきっかけとなっている。「10年前に脳出血を起こして左半身にまひが出ました。そのとき、病室にテレビゲームを持ち込んでリハビリ代わりにやってたら、よくなっていったんです」(水野さん) 活動を始めた当初はいくつかのゲームをやっていたが、現在はスマートフォンアプリ「大相撲」を採用。
画面上の十字キーと2種類のボタンを押して、押し出しやはたき込みなどを繰り出し、相手を制するというもの。誰でも知っている相撲が題材で、単純な操作が採用の決め手となった。
「徳島大学大学院総合科学教育部が、指や腕を用いた運動により、血液量がどう変化するかを調べる研究を行いました。阿波おどりのように指で左右非対称の動きをしたところ、前頭葉への酸素供給が増大することがわかりました。ゲームでは左右で異なる指の動きをしますから、認知症予防になるのではないかと考えています」(会長・森田孝さん)
テレビなどで取り上げられる機会も多く、体験希望者が増えた。同協会はさいたま市に働きかけ、シルバーeスポーツの取り組みが、市民と行政との協働による新しい高齢者福祉政策モデルとして指定を受けた。
「この取り組みは高齢者ゲーマーの育成ではなく、新しい福祉政策の一つ。eスポーツならゲートボールなどと違って、どこでもできます。年を取ると人との会話が減り、外出がおっくうになり、体力が低下していきがち。それらを防止する意味でも、集まってゲームができる場をつくり、コミュニケーションを取るのが大事なんです」(水野さん)
現在はメンバーが約40人に増え、毎月1回、JR浦和駅前にある「さいたま市市民活動サポートセンター」に集まってゲームを楽しんでいる。
「スマートフォンを大きな画面につなぎ、メンバー同士で対戦して楽しんでいます。緊急事態宣言が出ているときはできませんでしたが、ここに来てみんなとしゃべったりゲームしたりするのを楽しみにしています」(同)
参加者は、「目からウロコが落ちるほど夢中になった」「ぼんやり生きてきたけど闘争心に火が付いて、負けると悔しくなった」と話す。79歳の母を誘って集まりに参加したという清水聖子さんは、こう話す。「母にとっては初めてのゲームでしたが楽しんでいました。単純なゲームのほうが盛り上がるみたいで、『自分にもできた』と自信にもつながっているようです。ゲームがきっかけで孫との会話も増えました。母のスマートフォンに簡単なゲームのアプリを入れてあげたところ、家でも遊んでいるようです」
同協会の活動に関心を寄せる企業は少なくなく、百貨店や旅行会社、IT企業などから協働の相談が舞い込んでいるという。
「今後ますます高齢者が増え、シルバーeスポーツの市場は大きくなるはず。今は既存のゲームを使っていますが、シニア層に特化したゲームやコントローラーの開発が目標。企業と協力して、シニアが操作しやすく、認知症予防にも効果があるものを作っていきたいんです」(水野さん)
eスポーツがシニアにもたらす効果の研究や、誰もが気軽に体験できる環境づくりなど課題も多いが、大きな可能性を秘めている。