東京新聞より
便秘は高齢になるほど男女ともに患者が増える。しかも死亡率を高める重大な症状だ。排便ケアの必要性が指摘される中、新しいツールとして注目されているのが携帯型のエコー(超音波画像診断装置)。看護師が患者の自宅でも使え、適切な処置につなげられるようになってきた。多くの職種が関わるチームケアも広がりつつある。
国の調査によると、便秘を訴える人の割合は、二十代から六十代までは女性が3〜4%、男性が1〜2%。七十代になると男女ともに6%を超え、八十代以上では11%前後に達する。自覚症状のない人も含めた有病率は成人全体で16%、中でも高齢者は33・5%、在宅高齢者では56・9%に上るというデータもある。
その危険性は軽視できない。トイレで息むことで血圧が急上昇するほか、血管が詰まる静脈血栓症が起こりやすいことも分かってきた。東北大の疫学調査によると、心疾患や脳卒中といった循環器疾患の死亡リスクが、一日一回便通がある人に比べて「二、三日に一回」の人は一・二一倍、「四日に一回以下」の人は一・三九倍高くなる。米国での調査では便秘の有無で十年後の生存率が12ポイントも違った。
だが、排便管理は特に高齢者で難しい。認知症などで自分の症状を説明できない人が増えるのも一因だ。エックス線などでの診断も頻繁にはできず、便の状況が分かりにくいため、便秘でないのに下剤や座薬を使うなどの不適切な治療が行われる場合もある。
そこで、認知症の患者を多く受け入れている国立長寿医療研究センター(愛知県大府市)は昨年八月、医師や看護師、薬剤師などからなる「排便サポートチーム」をつくり、ポケットに入れて持ち運べる携帯型エコーを活用したケアに取り組んでいる。週に一回しか便通がなかった九十歳の男性患者のケースでは、エコーで直腸に硬い便が確認されたことから適切な投薬が行われ、一週間後には毎日便が出るようになった。「看護師も使えるエコーはチームケアの強い武器になる」と副院長の松浦俊博さん(62)。理学療法士による排便を促す運動療法も行っている。
この看護師向けの携帯型エコーは、石川県立看護大学長の真田弘美さん(66)が東京大在籍時に富士フイルムと共同開発し、二〇一九年に発売された。人工知能(AI)技術を使い、直腸にたまっている便をカラーで表示するなど便秘の可視化を実現。画像はスマートフォンで簡単にチェックでき、価格も従来のエコーの十分の一に抑えた。
真田さんらの研究グループが取り組んだ八十代の男性患者の診療では、エコーによって便はたまっているものの硬い便ではないことが判明。座って重力で排便することが可能とみて、トイレに行ってもらったところ自力での排便に成功した。それまで週三回のかん腸と、便をかき出す摘便を行ってきたが、摘便はゼロ、かん腸も週一回に。その分、入浴介護の回数が増えた。QOL(生活の質)が向上したからか、前立腺がんで余命三カ月と宣告されていた男性はその後、一年生きられたという。
真田さんは一九年、一般社団法人「次世代看護教育研究所」(東京)を設立し、交流会などを通じてエコーを使ったケアの普及に取り組んでいる。「便秘は患者個人の対応に任されてきたが、対応の社会化が必要。薬の開発も進んでおり、チーム医療によってケアと薬が適切に使用されることで便秘解消による死亡率の低下につなげたい」
引用元:https://www.tokyo-np.co.jp/article_photo/list?article_id=224450&pid=877138