1910年(明治43年)の今日、東京・上野に日本初の木造アパートが完成した。そのアパートは「上野倶楽部」という名前で、洋風の外観を持つ5階建て70室の賃貸アパートだった。上野公園に隣接しており、洗面所・浴槽・電話は共同で、入浴時には居住者が実費を負担した。実際に住んでいた人たちの職業は、公務員や会社員、教師が主で、独身者はおらず、日本人だけでなくロシア人やフランス人の外国人も住んでいた。また、詩人の西條八十(はここで童謡『かなりあ』を作詞したと言われている。
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1910年(明治43年)の今日、東京・上野に日本初の木造アパートが完成した。そのアパートは「上野倶楽部」という名前で、洋風の外観を持つ5階建て70室の賃貸アパートだった。上野公園に隣接しており、洗面所・浴槽・電話は共同で、入浴時には居住者が実費を負担した。実際に住んでいた人たちの職業は、公務員や会社員、教師が主で、独身者はおらず、日本人だけでなくロシア人やフランス人の外国人も住んでいた。また、詩人の西條八十(はここで童謡『かなりあ』を作詞したと言われている。
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