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宮古島で唯一のボウリング場、52年の歴史に幕。代表者が語る「順風満帆とは言えなかった」道のり

日本復帰前の1969年11月にオープンした宮古島市平良下里の宮古ボウリングセンターが10日、多くの市民に惜しまれつつ閉館した。最終日は愛好家らが駆け付け、ラストゲームを楽しんだ。

同センターは沖縄本島出身の事業家が開業。78年に代表取締役の平良あつ子さんの夫で、先代社長の故・恵一さんらが出資して事業を引き継いだ。94年から事務や受け付けなど従業員として事業に関わるようになったあつ子さんは、2016年に恵一さんから「自分の思うようにやっていいから」と後を託され、社長に就任した。

ボウリング好きの恵一さんは18年に86歳で亡くなるまで毎日のように同センターに通い、仲間と腕を競い合ってきたという。あつ子さんは「夫は周囲の人に恵まれた幸せな人だったね」と振り返る。 ボウリング場の経営は「順風満帆とは言えなかった」という。

10年にレーンや内装などを全面的に改修するも、翌11年の東日本大震災後から市内の景気が後退し、利用客が減っていった。建物の老朽化も進み、外壁のコンクリートが剥がれ落ちるなどしたため、2年ほど前から閉館を検討してきた。新型コロナウイルスで休業を余儀なくされることも重なり、閉館の決断に至ったという。

同センターは、宮古ボウリングクラブの会員約80人が月曜・木曜リーグで交流するなど、憩いの場として利用されてきた。会員らには昨年末に閉館を告知。 年末年始は閉館を知った会員や家族連れらが相次いで訪れた。

あつ子さんは「多くの人に愛されたボウリング場。長い間利用していただいたことに感謝している」と礼を述べた。

引用元:https://www.okinawatimes.co.jp/articles/gallery/895078?ph=1

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